おもいびと



 

黒の教団本部の地下水路。 

一艘のボートがゆっくりと近づいてくる。

生成り色のコートを着た探索部隊がボートの後部に立ち

櫂を水中に沈め教団へ通じる入り口の渡し場にボートを定着させた。

ボートの先端に腰を下ろしていたエクソシストが立ち上がりボートから降りる。

「お疲れ様でした。神田殿」

探索部隊がボートの上から頭を下げた。

長期任務から2人は戻ってきたのだ。

黒い宝石のような瞳、艶やかな肌、黒漆の長い髪、

細くしなやかな身体には黒の教団服がよく似合ってる。

彼の名は神田ユウ。 

日本刀、六幻の装備型イノセンスを持つエクソシストだ。

妖艶な外見はどこか近寄りがたい雰囲気をもっていた。

 

神田は探索部隊の言葉に軽く頷くと、建物の中に入って行った

 

薄暗い廊下を足早に自室へ向かう。

教団内はかなり広く、地下から自室までは結構時間がかかる。

自室に近づくにつれ、胸が高鳴ってきた。

久し振りに自分の部屋の前に立つ。

静まり返った部屋。

出かける前のままだ。

真っ暗な部屋の中は月の光、かすかに窓から漏れているだけだった。

神田はそんな自分部屋の光景に、高鳴っていた鼓動が一瞬にして冷めていくのを感じた。

「まだ帰ってないのか・・・」

神田はそうつぶやくと腰に挿していた六幻を下ろし、ベッドの脇に立て掛け、

教団服を脱ぎ、机の上のランプに火を灯した。

椅子に腰かけてランプの灯りを見つめ、久しく逢っていない大切な人を想う。

今、何所にいて何をしているのだろう・・・

無線ゴーレムを使ってたまに連絡を取っているが、ここ何週間かは連絡が途絶えたままだ。

無線ゴーレムを使って話す相手・・・同じエクソシストという事になる。

想う相手は何時のときも、陽気で楽天的、人見知りをしない性格は誰とでも親しくするので

たまに神田をやきもきさせる。

大胆な行動に驚かされる事もしょっちゅうだ。

神田はそんな相手の笑顔を思い出しながら、

机にうつぶせたまま、浅い眠りに引き込まれていった。

 

 

バタバタと大きく世話しない足音に神田は浅い眠りから現実に引き戻される。

足音は神田の部屋のドアの前で止まった。

神田はその音に敏感に反応し、素早く立ち上がると

ベッドに立て掛けてあった六幻を手に取った。

ドアはゆっくりと鈍い音を立てて開き始めた。

神田は鞘から六幻の刃を抜く。

ドアの向こうの人影が小さく開いたドアの隙間から顔を出すのと同時に

その顔の鼻先に六幻の刃が光った。

「ひぃぃ!」

引きつった声に続き脅えた小さな声が続く。

「ュ・・・ゥ?」

その声にはっとした神田は六幻を下ろした。

自分の鼻先から六幻が離れた事を確認すると、さらにドアを開けて人影が部屋に入ってきた。

その姿は同じ教団服に身をまとい、よれたマフラーをし、

炎のような赤い髪に翡翠のような瞳の整った顔立ちをしている少年だ。

「お おまえ・・・」 神田は目を見開きたたずんだ。

目の前に現れたのは想い人、ラビだった。

「それ・・・仕舞ってくんない? 物騒さ」 ラビは六幻を指差す。

神田は右手に持つ六幻に眼をやると、刃を鞘に納めた。

「ユウ ひさしぶりさぁ 元気だった?」 ラビは神田の前に立つ。

ラビは神田の右手から六幻を取り上げ、ベッドの上に置いた。

そうして人形のように呆然としている神田を抱きしめた。

ほんのり香るラビの匂い、伝わる体温、伝わる鼓動・・・

神田はラビと逢えない間、ずっと求めてきた間隔が戻ってきた喜びを身体中で感じていた。

「ユウ・・・逢いたかったさぁ」

ラビは逢うたびにこの言葉を言ってくれる。

ラビの甘い声・・・とっても心地よい

神田も同じ気持ちなので、この言葉を言われると嬉しくなる。

そして、こうしてお互いのぬくもりをいつまでも感じていたいと思う。

神田はラビの背中に回した腕に力を入れ思いっきりラビを抱きしめた。

「ユ ユウ?」   驚いたラビの声のトーンは上がる。

神田がこんなに力強く抱きしめてくれるのは珍しい。

 

神田が長期任務に出かける前日、遅い夕食を食堂で取り、

自室に戻る途中ラビとアレンが親しげに話しているのを見かけた。

ラビは壁に寄りかかるアレンを身体で挟むように片腕を伸ばし壁に手のひらを付けていた。

2人は恋人同士のように微笑み合っている。

いったい何を話しているのだろうか。

ラビはいつもいつも自分に絡み付いてきて、甘い言葉を沢山言ってくれて

自分だけを思ってくれているのだろうと思っていた。

だからって自分以外の人間と話しもしないなんて事はありえないのだが、

こんな風に自分以外の人間と親しげにしてるところを見ると面白くない。

ラビは自分とは違って社交的なので誰とでも親しく出来るところが魅力なのだが・・・

神田はラビとアレンのその光景をみて見ぬふりをしてその場を去った。

自室に戻っても神田はラビが気になって仕方がなかった。

自分にささやいてくれるような言葉をアレンにもささやいているのだろうか・・・?

そんなことはないだろうと思いながらも、不安がつのる。

そんな悶々とした気持ちのままで任務に出かけることになった。

任務に集中するんだと心に言い聞かせていたが、ふと独りになったりした時、

ラビに逢いたい思いがつのり、また不安がよぎった。

ラビは神田が任務に出かけた2日後にやはり任務に向かっていた。

任務中、一度だけ2人は無線ゴーレムを使って話しをしたが、何せ無線である。

ラビの気持ちを確かめるには半端な状況なので、

お互いの無事を確かめ合うだけの会話で終わってしまった。

神田の不安は任務中ずっと引きずり、そして今に至っている。

 

 

「ユウ?どうしたさ?」

普段、自分からのアピールが多いラビだが、神田からの強い抱擁に驚き神田の耳元で問う。

「・・・・・」

神田は何も言わず、さらに腕の力を入れラビを抱きしめる。

ラビは神田の態度が何かおかしいと察し、力を入れ神田の腕を振りほどいた。

神田はハッとしてうつむく。

神田の両肩に手を置き、ラビはうつむく神田の顔を覗き込む。

「何があったの?」

「・・・・・」

「話してみるさ。オレとユウの間で秘密はなしだよ。」

任務前に見たラビとアレンの光景は随分前の事になる。

神田はこだわっていたのでずっと覚えているが、ラビにとっては記憶にない事かもしれない。

うつむいたまま瞳だけを上げラビを見る。

ニッコリと微笑むラビの瞳に自分が映っている。

再びうつむき、神田は細い声でぼそぼそと話し出した。

「お前は覚えてないかもしれないが、

俺が今回の任務に行く前の日、お前とアレンが話してるのを見た」

神田の言葉にラビは首をかしげ大きく息を吸う

「覚えてるさ。 アレンと話した日のこと。 オレ こう見えてもブックマンJrさ

 記憶するのは得意だぜ」

そうだったと思いつつも神田はうつむいたままだ。

「あん時はアレンから情報が欲しいと言われたから、教えてたんさ。

 昔、オレが調査した事のある修道院なんだけどね。

あまり人に知られたくない情報だったから アレンと2人きりになったんさ」

ラビはゆっくりとした口調で説明した。  神田は尚もうつむいたままだ。

「・・・ユゥ~ウゥ~?」

ラビは神田の顔をさらに覗き込み、まじまじと見つめる。

「もしかして・・・妬いてんの??」 ラビは悪戯っぽく聞く。

神田の耳朶がほんのり赤くなる。

「ユウ オレの眼をみて」

神田はすねた子供のように瞳だけ上げてラビをみる。

すると、ラビは大きく溜め息をし、神田の顎に右手を添えて顔を持ち上げた。

「ちゃんと見て。 オレの眼・・・」

翡翠のように透き通る緑色のラビの瞳。

「オレの事 信じられない?」

(信じてる・・・) 

ラビの問いに視線を下に向けたまま神田は首を横に小さく振る。

そしてゆっくりと視線を上げラビの瞳をみつめた。

「やっと見てくれた。 ユウ・・・オレの事 もっと信じてほしいさ

 ユウに信じて貰えなくなっちゃったらどうしていいか分かんないさ」

神田は自分の心の狭さを恥じた。

ラビは何時だって自分を大きく包んでくれるのに・・・自分は・・・

「・・・すまない・・・お前の事は信じてる。だから辛かった・・・」

神田の黒く潤んだ瞳から一筋の涙が頬を伝った。

「誤解させちゃってごめん。 辛い思いさせちゃったね。」

ラビは神田の頬に伝わる涙を指先で拭った。

「・・・いいんだ・・・俺のほうこそ・・・」

涙で声にならない。 神田の唇は小さく震える。

「ユウ 覚えといて。 オレ いつもユウだけさ」

ラビは涙に濡れる神田の頬にそっとくちづけをする。

神田はラビの言葉に喜びと安堵を感じた。

今まで以上にラビへの想いが胸いっぱいにひろがる。

何時のときもラビの笑顔に包まれていたい。

この先もラビを信じて一緒に歩んでいこうと強く思った。

再びラビに抱き寄せられて全身の力を抜きラビの胸に身を任せた。

 

窓からこぼれる月明かりが見守るように2人を包み込んだ。

 

 

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ユウ側からのラビュものを書いてみました。

ラビたん大好きユウたんです。

本当はラビとアレンのとこはキスぐらいしちゃってても

いいかな・・・

とも思ったんですけど、あんまりラビを悪者にしたくなかったんで止めました。

ユウのやきもちを可愛く表現したかったけど、思いっきりツンデレになっちゃった(´▽`;)

                        2007年 9月 るきと