キミのキオク -後編-

 

 

 

ラビが、任務に出掛けてから、早いもので1ヵ月近く経っていた。

その間、神田は日帰りで済む調査的な任務に行ったりしていたが、教団で過ごす事が多かった。

ラビからは連絡がなく、どうしているのか分からないまま、日にちだけが過ぎていった。

 

この日は、任務もなく午前中に定期的に受けている検査を受けた後、教団の建物の裏にある

森林で、ひとり修行を行いひと汗かいて戻ってきた。

教団の建物の中に入り、自室へ戻ろうと階段を上がる。

何やら科学班や医療班の人間が世話しなく廊下を行き来していた。

重々しい雰囲気に神田は何かあったのだと思い、傍を通り過ぎようとしていた白衣の人間を捕まえた。

「おいっ」

白衣の彼は振り向くと驚いた顔をし、「あっ!神田さん!」とすっとんきょうな声を出す。

「騒々しいが、何かあたのか?」

「えっ!ご存知ないんですか?」

白衣の彼は以外そうに神田を見る。

「ラビさんが、大変なんですよ!」

「え?」

「さっき、同行していた探索部隊から連絡受けまして・・・・」

「ど、どうした・・・」

「重症です。」

白衣の彼のひと言に神田は目の前が真っ暗になる。

「もうすぐ、教団に着くそうです。だから、私達は準備を・・・」

蒼白になっている神田を見て、白衣の彼は「神田さん、大丈夫ですか?」と心配そうに声をかけた。

「あ、あぁ すまなかった」

「じゃ、私、急ぎますんで・・・」

彼はそう言うと軽く神田に会釈をし、足早に廊下を進み白衣を着た者たちと合流した。

「嘘だろ・・・」

呆然と立ち尽くす神田の周りを、一層忙しそうに白衣を着た人間が走り回っていた。

神田のいる階の下の方から大きく叫ぶ声が響いた。

「着いたぞーっ」

神田ははっとして、廊下の手すりに手を掛け下の階を見おろすと、入口に向かって白衣を着た者達が、

駆けつけているのが視界に入ってきた。

すかさず、手すりに足を掛け一気に飛び降りた。

着地と同時に入口へ駆け寄ると、56人の探索部隊と医療班の人間に抱え込まれ、ラビが運ばれてきた。

探索部隊の隙間から見える、たらリと垂れ下がったラビの左腕からは、血液が滴り落ちていた。

神田は運ばれるラビに走り寄る。

視界に入ってきたラビの顔は血液で赤く染まり、団服は黒く焼け焦げ元の形を大きく崩していた。

眼帯すらも焼け焦げてなくなっていたが、長い前髪が右眼をそっと守っているように見える。

「おいっ!おいっ! ラビ!」

神田は縋るようにラビの名を呼んだ。

・・・・ゥ・・・・」

閉じられたラビの左眼はうっすらと開き、弱々しい声で神田の名を呼び、血液が滲む口尻を上げた。

「しっかりしろ!」

神田の瞳から雫が流れ、ラビの頬にこぼれる。

ユウノ・・・ヘヤ・・・イッテイイ?」

小さくかすれたラビの言葉に、神田は「バカヤロぅ・・・」と涙声になる。

医療班の者達はふたりを見て居たたまれない気持ちになるが、ラビの容態が急するので

「神田さん、すみませんが・・・」と声をかけた。

神田はラビから離れ、俯き、ラビを運ぶ探索部隊らの足音が遠ざかっていくのを聞いていた。

残された神田は床へと跪き、平伏せた。

「バカヤロウ・・・バカヤロウ・・・」

拳を作り、床を何度も叩いた。

脳裏にはラビの笑顔や仕草がどんどんと浮かび上がってきた。

「く・・・・っ」

心臓が痛かった。

こんな時何もしてあげられない。

身代わりになってあげられればいいのにと、この現実に起こっている出来事を恨んだ。

 

「神田」

低い声が頭上から聞こえ、ゆっくりと神田は顔をあげた。

「ブックマン・・・・」

自分よりも半分位しかない身長だが、ラビの師である。

80歳を越えているとも思えない程の、明晰な頭脳を持ち、機敏な戦闘をする。

ラビのコンプレックスの張本人である。

「途中、あやつと合流したが、あのザマよ」

「・・・・・・」

「神田、お前の名をあやつはずっと呼んでおった」

ブックマンは神田の視線に合うように腰をかがめる。

神田の顔をまじまじとみつめた。

「お主、記憶を無くされたそうだの・・・」

「記憶?」

何の事だと言うような神田の表情をみて、「ははぁぁん」とブックマンは首を縦に何回も振った。

「何の事だ」

神田は不気味な笑みを浮かべているブックマンに問う。

「まぁよい。 あやつは未熟者ゆえ迷惑かけるが、落ち着いたら顔を見せてやってくれ」

ブックマンは神田の肩を23回ポンポンと叩くと、ラビが運ばれて行った薄暗い廊下の奥へと消えて行った。

静けさを取り戻した入口付近のフロアに残された神田は、よろよろと立ち上がり、集中治療室の方へゆっくりと足を運んだ。

 

集中治療室まで来るのに、何分かかっただろうか。

ここまでの間の廊下の床には、ラビの血痕が道案内のように残っていた。

集中治療室付近では白衣を着た者達が、忙しそうに部屋を入ったり出たりしていた。

神田はその光景を力ない視線でぼうっと見ながらたたずんでいると、室内からコムイが険しい顔をして出てきた。

だが、神田の姿を見つけるなり、笑顔を向けて歩み寄ってきた。

「神田くん」

「コムイ・・・」

「さっき、ブックマンに会ったよね」

「あぁ」

コムイはニッコリと笑顔を向け、神田の肩に両手を置くと「おめでとう!」と肩を揺さぶった。

神田は何の事だか分からず、無言でコムイを見た。

「あれ? ご本人、分かっていらっしゃらないようですねぇ~」

「何だ」

「ここじゃ何だから、司令室で話すよ」

そうコムイに促され、神田はコムイと共に司令室へ向かった。

散乱する書類をかきわけ、司令室のソファに腰かける神田。

「何だかこの部屋懐かしい気がするな」

「そりゃそうだよ。神田くん、記憶喪失だったんだから」

神田は、コムイの言葉に驚いた顔で眼を見開いた。

「何だよ、それ」

「君も任務に出て重症を負ったんだよ。その時強く頭部を打ったらしく、部分的に記憶が

飛んだんだ。僕やリナリーの事、教団に属している事は分かっていたようだけど、

教団内の部屋とか施設・・・・その他にもいろいろ飛んでて、ラビの事も記憶から外れちゃったんだよ」

「そうだったのか・・・信じられねぇ」

神田は俯き唇をきつく閉じた。

「きっと、ラビの酷い姿を見たことがショックで、君は全ての記憶を取り戻したんだね」

コムイは書類が山積みされた机に向かった。

「で、あいつ・・・ラビはどうなんだよ」

「緊急手術が必要だから、今その真っ最中だよ」

「手術・・・!?」

「そ、彼は神田くんみたいに傷がすぐに回復する身体じゃないからね」

コムイは口尻を上げ、言葉を続けた。

「骨折部分が大小7箇所、うち、1箇所は複雑骨折だ。火傷の部分もかなりの範囲だし・・・」

「・・・・・・・」

「あと、腹部に深い傷を負ってるから口を閉めないといけない」

「メチャクチャだな・・・」

神田は深く溜め息をついた。

「・・・で、いつごろ終わるんだ?」

「そうだね・・・さっき始まったばかりだから、12時間くらいかかるかな」

「明け方か・・・」

神田は更に深く溜め息をつき俯いた。

「明日は朝の検査はしなくていいよ。」

「コムイ・・・」

気がきいたコムイの言葉に神田はコムイに視線を向ける。

 

「それにしても、神田くんが記憶を取り戻した事をラビが知ったら喜ぶよ~」

コムイはニッコリと微笑む。

「何てったってラビの記憶はまるまる飛んでたからね。」

「・・・・・・」

「彼・・・・辛そうだったから、僕たちも胸が痛んだよ」

その後、コムイから記憶がない時の事をいろいろと聞かされた神田は、

その時のラビの気持ちを思うと胸が締め付けられた。

1時間程、コムイと話しをした後、神田は自室に戻った。

部屋の中に入ると一冊の本が眼に入る。

「これは・・・」

そっと手にとってみる。

そうだ、ラビにフランス語のこの本を、読んでもらっていた事を思い出した。

本の表紙を眺め、神田はポツリとラビの名を口にする。

“あいつはブックマンを継ぐ身なのに・・・・どうして・・・こんな命を懸けなきゃならねぇんだよ”

神田はベットに腰掛け、手にしている本をぺらぺらとめくってみる。

「無茶しやがって・・・くそっ・・・」

本を乱暴にベッドに置き、両手で顔を覆い瞼を閉じると、瞼の裏からラビの姿が映った。

(何、怒ってるんだ・・・)

(ユウハ イツモムリスルカラサ)

(仕方ねぇだろ、エクソシストなんだ)

(ユウニ ナニカオキタラ オレ ドウシテイイカワカンナイサ)

(・・・・・・・)

(オネガイ ムリシナイデ ユウ・・・)

 

 

神田はハッとして瞼を開ける。

自分が怪我を負って医療室に運ばれると、ラビはいつもこんな気持ちになっていたのか。

自分が代わってあげられないはがゆさ。

無理する相手への苛立ち。

そんな思いが重なってラビは何時も怒るのだ。

「俺も随分、あいつに心配かけてたんだな・・・」

そう思うと胸が苦しくなった。

神田はベッドの上に放った本をテーブルにそっと戻し、ゆっくりと自室を後にした。

よろよろと足が勝手に集中治療室へと向かう。

まだ、ラビは手術が始まったばかりで、会う事は出来ないと分かっているものの、

自室でのんびりいている気分にはとうていなれなかったのだ。

少しでも近くにいてあげたい、少しでも近くにいたいという気持ちが鼓動を打つ。

 

集中治療室付近は先ほどの様に、人の出入りも激しくなく、それどころかドアの内側からも物音が聞こえず、

しんと静まりかえっていた。

神田はドア付近の壁に寄りかかり、腕を組んで眼を閉じた。

こんなに人を心配する気持ちが、自分にあったのかと少々戸惑っていた。

しかし、ここへ運ばれてきたラビを見てショックを受けたのは事実だし、

心配でいてもたってもいられないのも事実である。

自分もラビに対してかなり心配や迷惑をかけてきた事に対して,申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

こんなにも、自分を大切に思ってくれる人間はおそらくラビだけではないかと思うのだ。

会いたい。早く会いたい。

あいつの声を聞きたい。

あいつの笑った顔を見たい。

神田は唇を噛み締め背中を壁に預けたまま、その場にしゃがみ込み膝を抱えつぶやいた。

「お前に触れてーよ・・・」

 

 

何時間経ったのだろう。

いつの間にかうたた寝をしてしまったようだ。

背中に毛布が掛けられていた。

誰かが掛けてくれたのだろう。

日中は暖かでも、まだまだ明け方は冷え込む教団の廊下で、神田は身体を震わせた。

「冷えるな・・・」

毛布を更に深くかぶり、膝に顎を乗せる。

もう、手術は終わったのだろうか?

大きな溜め息をつき膝に掛かる毛布に顔を埋めた。

しばらくすると、集中治療室のドアが開く音が聞こえ、神田は顔を擡げ視線を向ける。

部屋の中から医療班である婦長が出てきた。

婦長は長い事教団に勤務していて、神田も幼い頃からかなり世話になっている。

部屋から出てきた婦長は神田の方を見ると「あら、起きたわね」と声をかけてきた。

「こんなトコで寝てたら風邪ひくでしょ。そうすると私の仕事が増えるのよ」

「これは・・・」

神田は毛布を手にかける。

婦長はゆっくりと頷き、微笑んだ。

「ラビの手術は成功。 頑張ったわよ。

今、麻酔が効いてるからよく眠ってるわ。面会は10分だけね」

「婦長・・・すまない・・・」

「こんなに長い時間待ってて10分は気の毒だけど・・・」

「いや・・・」

婦長の優しさに感謝し、毛布を返すと集中治療室のドアを開けた。

いろいろな医療機材が置かれている奥に小さな部屋がある。

ドアノブに手を掛け、中へ入ると、ベッドの上のラビが視線に飛び込んできた。

神田はゆっくりとベッドに歩み寄り、ラビを見おろした。

ラビの身体はほとんどが包帯で巻かれており、いろんな管が這っていた。

口には酸素マスクを、左手と右足はギブスを付けられていた。

自由そうな右手も包帯と点滴の針に占領されている。

黒色の眼帯も医療用の白眼帯に変わっていた。

堅く閉じた左目はときより痙攣を起こしているように微震いしていた。

神田はベッドの脇にある丸椅子に腰かけると、「馬鹿ウサギが・・・」と小さく呟き、巻かれた包帯から顔を出している

ラビの右手の手のひらを、両手で包み込んだ。

思いがけずラビの手が温かい事に、神田は安堵した。

やっと触れられた愛おしい人。

手のひらから伝わるラビの体温が心地いい。

神田は少しだけラビの手を持ち上げ、手の甲に口づけた。

唇を離すと、ラビの指がかすかにぴくぴくと動くのを見た神田は、ラビの顔に視線をむけた。

酸素マスクが邪魔をしてるのか、弱々しくラビが言葉を発している声がかすかに聞こえる。

ラビの口元に耳を近づけてみると、自分の名を呼んでいるのが分かった。

ユ・・・ウ・・・  ユ・・・ウ・・・」

神田はラビの右手に少し力を入れ、握りしめる。

「俺はここにいるぞ。お前の傍にいる。」

ラビに自分の声が届いているとは思わないが、

うわ言の様に自分の名を言っているのを聞くと、声をかけずにはいられない。

「ラビ・・・ラビ・・・」

ユウ・・・ユ・・・ウ・・・

両手で包み込んでいるラビの指は、神田の手を握り返すかのように小さく動く。

それと同時にラビの閉じられている瞼から、一筋の雫が流れ落ちた。

「ラビ・・・・っ」

神田は胸が潰れそうな思いで、ラビの瞼から流れ出た涙を唇で拭った。

そして、酸素マスクを少しずらし、ラビの唇に触れるだけのキスを落とした。

絆創膏で覆われたラビの頬にそっと手を添える。

面会は10分だと婦長が言っていた事を思い出し、

ラビの頬をそっと撫で、「愛してる」と小さく切なげに囁き

身体の向きを変え、部屋を後にした。

 

神田はその足で、再び司令室へ向かった。

司令室のドアを開けると、コムイは書類が積もった机に両足を伸ばしコーヒーを飲みながら、書類に目を通していた。

「あれ~神田くん、どうしたの?」

「コムイ、頼みがある」

神田は床に散らばっている書類をお構い無しに踏みつけながら、コムイのいる机の前に立つ。

「なぁ~になぁ~に?怖い顔して・・・」

「どこでもいい。今から任務に付かせてくれ」

「ははぁん・・・辛いの?」

「まぁ・・・な」

コムイは足を戻し、持っていた書類とマグカップを机に置くと引き出しから別の書類を出した。

「んーじゃぁねぇ・・・ベルギーで調査してきてくんない?」

「あぁ・・・」

「近いから3,4日で帰れるよね」

「そうだな」

「じゃ、1時間後にここに来て。任務内容の説明と現地の様子を話すよ。

2時間後には出発。

同行の探索部隊は出発までに決めておくよ。」

「勝手言ってすまない」

「気にしなくていいよ。ラビの事は心配いらないからね。」

「あ・・・あぁ・・」

コムイの言葉が有難かった。

動かないラビを見ているのは、かなり辛かった。

2,3日もすれば会話くらいは出来るようになるだろうと思い、それまでは 教団 ( ここ ) を離れていようと考えた上で

コムイに願いを申し出たのだった。

神田は自室に戻り、出発の準備をした。

 

 

 

ゆっくりと瞼を開けると、ぼんやりと白い風景が見えてきた。

その白さが天井の色だと分かるまで時間はかからなかった。

ラビは瞳だけをきょろきょろと動かしてみる。

(ここは・・・どこさ?)

体中が強張って激痛が走る。

「いってぇぇ」

そうか、任務中にAKUMAの攻撃を受けたんだ。

(生きてたんだ・・・オレ・・・)

しばらく天井を見つめる。

そして、右手に力を入れてみると、以外にも少し動かせた。

自分の顔の位置まで右手をゆっくり動かし持ってくる。

手のひらをかざしてみた。

そのまま視線を腕へと這わすと、包帯にひっかかっている髪の毛を見つけた。

黒く長い髪だ。

神田の髪の毛だと即座に思ったラビは、神田が傍にいてくれたんだと胸が躍った。

(ユウ・・・会いたいさ・・・)

神田に想いを馳せていると、突然荒々しくドアを開け放しワゴンを押しながら婦長が入ってきた。

眼を開けているラビを見て、婦長は「あらっ!」と微笑んだ。

「ラビ、気分はどう?あんた、がんばったわね。でも2日間ずっと眠ってたのよ。」

婦長は部屋の窓を開け、体温計をラビの口に押し込んだ。

体温を測っている間、婦長は慣れた手つきでワゴン上にある消毒液や包帯を出して、包帯交換の用意をする。

「さ、もういいわ」

ラビの口から体温計を取り出すと「うん、熱は下がったね」と言い、書類のような紙に書き込んでいる。

「さ、包帯を取り替えるわよ」

婦長は掛け布団を一気に剥がした。

「身体動かすとイタイさ・・・」

ラビは眉毛が下がった。

「何言ってんのよ。男の子でしょ!」

婦長は手早く包帯を取り替えていく。

「ねぇ ラビ」

「なんさ?」

「あなたが手術中、ずっと扉の側で神田が待ってたよ」

「え?」

「12時間以上もよ。まだ、冷え込むからね。見かねて毛布を掛けてあげたわ。 はい、身体こっちにゆっくり向けて!」

「そんな・・・」

婦長に言われるがまま身体を動かす。

「あなた、いい仲間を持ったわね」

婦長は手の動きを止めずにニッコリと微笑んだ。

(仲間って・・・)

それ以上の想いがあるラビは切なさで胸が苦しくなった。

「で・・・ユウは今どうしてるんさ?」

「ベルギーに行ってるみたいよ」

「ベルギー?」

「明日、戻るみたいだけど・・・」

婦長は処置をしながら、ラビの怪我の容態や手術の内容を話して聞かせてくれた。

思いもよらず重度な怪我に驚いた。

婦長が部屋を後にした後、開けられた窓から差し込む、緩やかな陽射しを眺めながら神田を想った。

 

 

翌日もラビはベッドの上で、飲み薬のせいかよく眠っていた。

しかし、婦長が言っていた事が、頭から離れずにいた。

婦長は任務に出ている神田が今日、戻ってくると言っていた。

任務先で何もなければ予定通りに戻ってくるはずだ。

しかし、時計の針はすでに23時を回っていた。

やっぱり、何かあったのだろうか・・・

ラビは半ば諦め、また眠りにつこうと思い眼を閉じた。

浅い眠りに入る頃、部屋のドアが静かに開けられる音がした。

うつらうつらしていたラビの耳には、その音が現実なのか、夢なのか、はっきりしなかった。

それでもボーっとしていると、開いたドアの向こうから誰かが入ってくるような気配を感じた。

すると、その「誰か」はなるべく足音を出さないように、そっと近づいてきた。

ラビはうっすらと眼を開けてみる。

すると、眼の前に手のひらが顔を覆うように近付いてきた。

反射的に眼を閉じると、ひんやりとした感触が、右頬に感じる。

その感触は神田の手のひらだとすぐに感じたが、ラビはあえてじっとしていた。

頬に当てられた神田の指は頬を優しく撫で、親指をラビの唇に当てるとゆっくりと唇を撫でるように這わせた。

ラビは唇を小さく開き、神田の指を口の中へと導いた。

舌で神田の親指を転がす。

「お前、指しゃぶりなんかして、赤ん坊みたいだぜ」

低くゆっくりと話す、いつもと変わらずの神田の声に、心から安堵し神田の親指を吸い上げ、ゆっくりと放した。

「えへへ・・・そうさね。  ユウ お帰りさ」

神田は解放された親指を自分の舌で舐め上げ「あぁ」と返事をし、再びラビの頬に両手を当てると、

ラビの唇にキスを落とした。

その行動に驚いたラビは、眼を見開きすっとんきょうな声で神田の名を呼んだ。

「ユ ウっ!?」

神田は唇を離すとラビを見つめる。

「俺がいつも怪我をして帰ってくると、お前がひどく怒る意味が分かった気がした」

「えっ?」

今の神田の行動と言葉にラビは驚き、顔が強張った。

「ユウ!? 何ていったさ? 今、何て・・・」

「いつも心配かけて悪かったな」

「ちょっ・・・ちょっと待って ユウ! それは・・・」

神田が任務から怪我をして戻ってくると、確かにラビはイライラして怒る事が多いのは事実だ。

しかし、それは神田が記憶をなくす前の事であって、

今どうしてそんな事を言うのか、ラビは困惑した。

「記憶のない俺がどうしてこんな事を言うのかってか?」

「・・・・・・・・・・!」

ラビは豆鉄砲を食らったような瞳で神田を見ている。

「あんまり不様な姿で帰ってきたお前を見て、どうやら戻ったらしいぜ。俺の記憶・・・」

「ほ・・・ほんとなの?  嘘じゃないよね?夢じゃないよね?」

「お前ってそんなに疑り深かったか?」

神田は口尻を上げ微笑をラビに向ける。

「え・・・ぁ・・・んと・・・ィャ・・・し・・・信じられないさ・・・」

ラビの声は弱々しく震えていた。

「コムイから聞いたぜ。 俺の記憶がなかった時のお前の事」

神田はラビの頬を撫で続ける。

「ユウ・・・オレの事、ホントに覚えてなかったんだ・・・

 どうして良いのか分からなくなったさ。」

自分の頬に当てられている神田の手に、ゆっくりと自分の手を添えた。

「初対面からやり直しかと思ったさ。 また今までのように仲良くなれるのか・・・

 オレ、すっごくユウの事が好きなのに、でもユウはオレを知らないんさ・・・

 オレの事、どうしたら好きになってくれるのか、そればかり考えていたさ。

 ユウに会いたいけど・・・会えば抱きしめたくなるし、キスもしたくなるし・・・辛かったさ・・・」

ラビは瞳を閉じ、唇を噛んだ。

神田はラビの頬から燈色の鮮やかな髪に指を移動させ、ゆっくりと撫でた。

「もう、大丈夫だ。 初対面からやり直さなくていい」

「ユウ・・・・」

ラビの翡翠色の瞳から涙が溢れ、頬を伝う。

神田はそっとラビの頬に流れる涙を唇で拭った。

「泣くな」

「そんな事言ったって・・・オレ 嬉しいさ 嬉しくて・・・」

涙でしゃくれた声で、思いがけない喜びを神田に伝えようと必死だった。

神田はそんなラビを愛くるしく思い、ラビの右眼にキスを落とす。

「あぁ・・・ユウ・・・ユウ・・・」

「相変わらず泣き虫だな・・・お前は」

ラビの右腕はまだ思うように力が入れられないが、そっと神田の背中に回し、ゆっくりと撫でながら肩を抱いた。

細くしなやかな神田の背中。

手のひらから伝わる体温。

神田の温もりを懐かしく感じた。

「ユウ・・・ユウを抱きたいさ めちゃくちゃ抱きたいさ」

「今はこれで我慢するんだな」

そう言うと神田はラビの唇に唇を重ね、舌はラビの唇を開き口内へとすべり込んでいく。

待っていたかの様にラビの舌が神田の舌を受け止める。

絡み合う舌に、呼吸がだんだんと荒くなってくる。

「ん・・・ぁっ・・・」

「ユウ・・・愛してるさ・・・」

「ぁっ・・・ラビ・・・・」

「やっと逢えたんさ・・・オレたち・・・」

ようやく唇が離れ、瞳を絡ませ合う。

「あぁ そうだな」

「もう、離さない。ユウをずっと離さないさ・・・」

涙で潤んだ翡翠色の瞳が神田の瞳に入り込んでくる。

「じゃぁ、早く良くなるんだな。そんなんじゃ俺を捕まえとけないぜ」

神田は再び笑顔を作り、ラビの赤い髪に指を滑り込ませた。

「そうさね・・・早く治すさ   だから・・・・・」

「待ってるぜ」

「うん・・・何処へも行かないで・・・」

「そんな情けない声出すな」

自分の記憶がなくなった事と、今回の怪我ですっかり気持ちが弱くなっているラビに神田は切なくなった。

「ユウ・・・」

「俺の好きなお前は、もっと強いはずだ」

「・・・・・・・・・」

「もう安心していいんだ・・・・ぜ」

赤子の髪を撫でるように、神田の指先はゆっくりとラビの髪の中で動く。

「少し、眠った方がいいな。 疲れただろう・・・?」

神田の言う『疲れ』とは、自分が記憶を無くしてから、現在までのラビの気持ちの苦労を思っての事だ。

それはラビもわかっていた。

「うん・・・少しね・・・・」

「じゃ、眠る前に1つ聞いていいか?」

「・・・・何さ?」

「元気になったら、本の続きを読んでくれるか?」

 

「え? あのフランス語の?」

「あぁ・・・」

そんな事もあったと、しかもすごく遠い過去の話しの様に思えたラビは苦笑した。

「そうさね・・・ちゃんと最後まで読むさ・・・約束する・・・」

「あぁ・・・約束な」

神田は掛け布団を掛け直してあげ、ラビの額にそっと口づけた。

「治るまで側にいる・・・いや、治っても・・・ずっとだ・・・」

相変わらずの不器用な神田の言葉にラビは心の中で微笑んだ。

神田はそっと微笑み、ベッドサイドの椅子に腰掛けた。

「それとな・・・」

「・・・?」

「本・・・読んでくれた報酬…考えとけよ」

照れくさそうに神田はラビの右手を再び両手で包みこんだ。

「う・・・うん ありがとう」

はにかみながらもようやく笑顔を神田に見せるラビ。

 

強く抱きしめ、眼の前の愛おしい相手に思いっきり触れたい。、

そんな衝動をお互いに瞳で抱き合い笑みに託した。





 

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【あとがき】

久々の小説です。

このお話し、実は1年前くらいにコツコツ書いてました

本当はコミックにして薄い本を作ろうとプロット代わりに書いてたんです

もたもたしてるうちにイベント参加をしばらく休止するにあたって

サイトに小説でUPしようと考えを改め、修正してここまで辿りつきました

ラビたんには辛く、痛い思いをさせちゃいましたが

まだまだ熱いですよ!! ラビュ☆  大好きです ♡

 

                          るきと 2010年10月9日UP