隙間を埋めて

隙間を埋めて・・・

　　　　その晩は大きな月が出ていた

　　　　　呑み込まれそうな月の放つ光にどっぷりと漬かるようにそびえ立つ教団の建物

　　　　　シンと静まり返った建物内に足音が響く

　　　　　世話しなく歩き回るひとつの人影

　　　　　もうすぐ日付が替わるこの時刻には人影もすっかりなくなっていた

　　　　　足音の主は赤毛の少年　ラビだ

　　　　　ラビは長期任務を終え、先程ブックマンと共に教団に戻ってきたばかりだ

　　　　　本当ならもっと早い時間に戻ってこれるところだったが、ブックマンの所用に

　　　　　付き合わされていたので　こんな時刻になってしまったのだ

　　　　　ラビはふた手に分かれる通路を曲がると白衣をまっとた人間と遭遇した

　　　　「お、ラビじゃん。ひさしぶりだなぁ　帰ってたのか？」

科学班のタップ・ドップが大きな身体を揺らしながらラビの方に向き直った

「うん　今さっき」

「そういやさっき室長とブックマンのおやっさんが室長室に入っていった

よなぁ～」

あまり関心がないような言い方をするタップにラビは切羽詰ったように

問いかける

「ねぇ　ユウ見なかった？」　　

「神田？　・・・確かあいつは今日珍しく休暇でさ、昼過ぎに修行をする

とか言って出て行ったのは見たなぁ」

「修行？」

「あぁ、その後は知んねーな」

そう言うとタップは鼻歌を歌いだし暗闇の廊下を歩き出した

「ありがとさ」

タップはラビの礼に振り返ることなく片手を挙げ合図で返した

神田が今日、休暇だということは知っていた

教団に戻る目処がついた昨日、無線ゴーレムを使って神田に連絡を入れた時に

彼がそう言っていたのだった

だからてっきり神田は自室にいて自分の帰りを待っていてくれている

と思っていた

ラビはいつも任務から戻ると真っ先に神田の部屋に顔を出す

エクソシストだがブックマンの後継者の彼はブックマンとしての

仕事もあるせいかほかのエクソシストよりも任務に着くと

長期になることが多かった

そんな彼がストレスを抱えて帰ってきた時、唯一くつろげるのが

神田の部屋なのだ

神田には「自分の部屋へ行け」とよく言われるが、

ラビの自室はブックマンと同室なので心から休めず

寝るだけの部屋になっていた

(修行ったって、もうこんな時間なのに・・・）

ラビは胸騒ぎを感じながら神田を探しに建物の外に出た

神田がいつも修行をしている教団の建物の裏にある雑木林に

足を向けてみる

月影に人の影が見えた。　

その人影は椅子の高さよりほど低い岩に腰かけていた

そしてうな垂れているように見える

（ユウだ・・・）

上半身には何もまとっておらず、袴を穿いているその姿は

いつもの修行時の神田の服装だ

「ユウ　こんなとこにいたさ」

ラビは人影に近付き、その人影が神田ユウだと確認すると

神田の横に腰かけた

ラビが腰かけた振動でうな垂れた神田の身体が

崩れるように倒れかかった

「！！！！！」

反射的にラビは神田を両腕で支えた

支えた手から伝わる神田の体温の高さが正常ではない事がすぐにわかる

月明かりに照らされた神田の顔は赤く火照っていて

閉じた瞼は少し痙攣している

「ユウ！！」

ラビの声に神田の瞼がうっすらと開く

「お・・・まえ・・・」

何で此処にいるだとでも言いたげだが声が出ない

それでも神田は安心したように再び瞼を閉じた

「風邪と疲労のダブルパンチだね

　さ、これを飲ませてあげて。　すぐによくなるよ。

あと、水分も沢山取らせてね」

異様な色の液体が入っているコップを差し出しニッコリと笑みを浮かべる

コムイに鳥肌を感じながらラビはそのコップを受け取った

まじまじとコップの中の液体を眺め　かえって悪くなるんじゃないかと

もらすラビに叱咤するコムイ

医療班に神田を差し出したら何をされるか分からない事ぐらい承知のラビは　　　　　　　　　　　　　

　　　　　ぐったりと自分にもたれ掛かる神田をラビ自身が一番くつろげる部屋に

連れて行きベッドに寝かせた

コムイに何か薬はないかと訊ねたところ　この液体が出てきたのだ

「わ、わかったさ」

ラビは叱咤するコムイから後ずさるように室長室のドアを開けた

コムイから薬を受け取ったラビは足早に神田の部屋へ戻った

ベッドに横たわる神田は苦しそうに小さな呼吸を繰り返していた

高熱のせいか熟睡できず、もうろうとする意識の中、瞼だけは閉じたままだ

「ユウ　薬もらってきたさ」

ラビは神田が横たわるベッドに腰かけた

薬をベッドの脇にある椅子の上に置き、神田の上半身を抱き起こすと神田は

赤子のようにラビの胸に頭を埋めた

ラビは片手で神田の肩を支え、もう片方の手で薬の入ったコップを持つ

「ちゃんと飲んでよ」

そう言いながらラビはコップを神田の口元にもっていく

しかし神田は『飲む』という動作さえ力なくやる気がない

口元から液体の薬は無造作に顎に流れ落ちるだけだった

「ユウ　駄目だよ　飲まなきゃ」

再度ラビは神田の口元にコップを持っていき

飲ませようとするが同じことだった

「しょうがないな～」

ラビはしばらくどうしたものかと考え込んでしまった

ほんのり赤く火照った頬をして瞼を閉じている神田の顔を眺めているうちに

ラビは無意識のうちに神田のうっすらとした桃色の薄い唇に

自分の唇を重ねていた

「あっ！」

これだといわんばかりに薬を自分の口に含んだ

（がっ！にがっ！！）

そして再度神田の唇に自分の唇を重ね少しずつ薬を

神田の口内に流し込んだ

喉に液体が流れてくる刺激に神田は一瞬身を捩り

閉じていた瞼をうっすら開く

眼の前にラビがいることを夢の中のように思いながら

神田はラビの口移しの行為をされるがままに任せていた

唇を離すとラビの瞳に映る神田は窓から差し込む月の光に反射してとても

美しかった

ラビは胸が締め付けられる思いに大きく深呼吸をし

目の前の妖艶な表情の神田を見つめた

相手が病気で苦しんでいるのにラビは理性を保てなくなってきていた

「ユウ　ごめんよ」

ラビはそう呟くと再び薬を口に含むと神田に口移した

左右に角度を変えながらラビは激しく口付ける

神田は「う・・・う・・・」と小さくうめきながら喉に流れてくる液体を

飲み込んでいる

ラビの口内に薬がなくなると、ラビは神田の唇を吸い上げ閉じている唇を

自分の舌で開きその舌を神田の口の中へ入れる

力ない神田の舌を自分の舌にからめ、唇で吸い上げる

ラビは何回ともなくその行為を繰り返す

神田はほとんど意識が遠のいているが激しく唇を吸われるたび微小な

うめき声を出す

その声をラビは聞き漏らすことなく敏感に反応した

「ユウ　好きさ　大好きさ」

唇をようやく離すと、ぐったりとした神田の華奢な細い身体を思いっきり

抱きしめる

「どうしてエクソシストなんだ・・・　どうしてブックマンなんだ・・・　

なんでユウはいつも無理ばかりするんさ・・・

一緒に居たい・・・ユウ・・・傍に居たいさ・・・」

切なさに耐え切れず、ラビの翡翠のような瞳から一筋の涙がこぼれた

「ユウ・・・愛してるよ・・・」

翌朝、窓から差し込む陽射しが眩しく感じたのか　

神田の瞼がゆっくり開いた

天井をみつめていたが、傍に誰かが居る気配に気づくのに

時間はかからなかった

目線を気配の感じる方に移すと

自分が寝ているベッドにうつ伏して寝息を立てているラビがいた。

昨日、自分はいつものように修行に出て

修行の途中自分の身体の変化に気づいたのは覚えているが

その後どのように自室のベッドに寝かされたのかは覚えていない

逢いたいと思っていた相手が今

自分の傍で無邪気な顔をして寝息を立てている

神田は上半身を起こし、ラビを愛おしそうに見つめる

久々に見るラビの表情はどこか大人になったように感じる

そっとラビの燃えるような赤い髪を撫でてみる

やわらかくて暖かい

「う～ん」と小さく唸りながらラビの頭が動き、ゆっくりと瞼が開いた

「ユウ？　　起きてたの？」

ラビは眼をこすりながら神田に視線を向け大きなあくびをする

「お前　帰ってたんだな」

「あぁ　じじぃの用事に付き合わされて遅くなっちゃって・・・」

「そうか・・・」

「ユウ　具合はどう？　修行中に高熱で倒れたんさ」

「お前　一晩中ここに・・・？」

一晩中という神田の言葉に昨夜の自分の行為にラビは赤面してしまったが

　　　神田は知る由もない

「コムイがくれた薬のおかげさ　　ユウ　元気になってよかったさ」

ラビはほんのり赤くなった顔を見られたくなくてうつむき加減で言った

薬・・・・

神田はベッドの脇の椅子に置いてあるコップに気づく

少々残っている液体を見て

「随分まずそうな薬だな・・・・これ飲んだのか？俺・・・」

と苦い顔をする

「まずいなんてもんじゃないよ～」

と　言った後、ラビはハッとして両手で口を覆った

神田は首をかしげながら　「なんでお前が知ってるんだよ」　とラビを睨む

「・・・・・」　

ラビはとぼけた顔をする

「もしかして・・・口移し・・・？」

神田は目を見開いた

「へへへ・・・薬はまずかったけどユウの唇はおいしかったさぁ～」

おどけて言ってはみたものの、

いつもなら此処で六幻が飛んでくるところなのでラビは身構えた

だが、神田はうつむいて　「やっぱり夢じゃなかったんだな・・・」

と小さく呟いた

「？？？」　ラビは調子が抜けたようにゆっくりと神田の顔を覗き込む

意識が遠のく中、ラビの姿と唇の感触を感じていた

でも、それが夢なのか現実なのかわからなかった

うつむいたまま現実だった事をかみ締めてる神田の肩に

ラビはそっと両手を置き神田の身体を自分の胸に引き寄せ　

「ユウ　逢いたかったさ」　と囁いた

（俺もお前に逢いたかった）

神田は顔を上げラビの瞳を見つめた

口に出して言わない彼の言葉は瞳でラビに告げる

ラビにはそれが伝わっている

２人は逢えなかった時間の隙間を埋めるかのように口付けを交わし

強く抱きしめ合った

数日後、すっかり体調が良くなった神田はもう任務に付いていた

コムイは病み上がりの神田を気遣って日帰りで出来る任務に就かせていた

この日も神田は任務を終え、教団に戻るとコムイに報告書を提出しに

室長室に向かった

報告書をコムイに渡し、簡単に口で任務先で会った事を話し終わったので

室長室を出ようとするとコムイに呼び止められた

「神田くん、僕からも報告があるんだ」

コムイは椅子から立ち上がり、部屋の奥に何かを取りに行った

見覚えのある物を手に持ってコムイはすぐに戻ってきた

「ラビくんが風邪を引いたらしい。神田くんの時ほどひどくはないけど

これ飲ませてやって。効果は神田くん自身がよくわかってるよね」

そう言いながらコムイは異様な色をした液体が入ったコップを

神田に差し出した

神田はキッと目じりを上げコップを受け取り室長室を後にした

ラビの部屋の前

神田はしばらくドアを開けずその場にたたずんでいた

このドアの向こうには大切な人がいる

自分が体調を崩して、ラビとお互いの気持ちを確かめ合うように

激しく抱擁した日から、さほど日数は経ってはいないが

　　　　　あの日から会うのは初めてだった

神田は波打つ鼓動が落ち着くまで待った後、そのドアをそっと開けた

書類や新聞紙、資料などで山になっていてラビが何処にいるのか分からない

　　　　　くらいの部屋

「ユウ・・・なの？」

二段ベッドの下段で横になっているラビが視界に入ってくる

本を読んでいたのか片手には難しい文字が並んだ書物を持っていた

　　　　　「風邪・・・うつったか？」

書類類をかきわけ神田はベッドの脇に腰を下ろした

「へへへ・・・ユウとキスいっぱいしたもん」

ラビは思っていたより元気そうだ

ラビの言葉にほんのり頬を赤くした神田は「うるせぇ」と言いながら

　　　　　コムイから受け取ったコップをラビの眼の前に差し出した

　　　　「これ、飲めってさ」

　　　　「げ～っ！いやだよ。　もうこりごりさ」

　　　　「俺には飲ませやがって！」

　　　　「だってユウは記憶にないじゃん。オレ今、記憶バリバリあるさ」

　　　　ラビは持っていた書物を枕元に置いて起き上がり神田の横に腰を下ろした

へへへ・・・悪戯な笑みを浮かべ、ラビは神田を見つめてきた

「口移しで飲ませてくれたら、飲むさ」

悪戯っ子のようなラビの瞳に神田は吸い込まれそうになる

「たまにはユウから・・・キスして」　ラビは甘い声を出す

「薬を飲んだら・・・だ」　神田はラビをからかってみた

ラビは「ユウのいじわる～」を繰り返し、まるで駄々っ子のように

　　　　　神田にまとわりつく

「おい、いい加減にしろ。　言う事を聞け」

突き放すように神田が言うとラビは開き直ったのか

　　　　「わかったさ」と低い声で返事をするなりスカッと立ち上がると

神田の手から半ば強引に薬の入ったコップを受け取り

一気に飲み干してしまった

まったくこの男、やる事が本当にオープンである

日本人の神田には考えにくい大胆な行動にいつも驚かされる

苦さに喉を焼かれたのかラビは咳き込んだ

咳き込みながら神田の方に視線をやりニッコリと笑みを向けた

神田はそんなラビを見て呆れた表情になる

ラビは神田の前にしゃがみこむと「ユウの言う事きいたさぁ」と

あどけたように真っ直ぐに視線を向けてきた

神田は観念したのか瞳を閉じた

唇にラビの唇の感触が伝わる

いつもより熱をもったその感触に神田は瞳をあけ唇を離す

「ユウ・・・？」

「お前　熱あるんじゃねぇ？」

「いいんさ　ユウがいてくれればすぐ治るさ」

そう言うとラビは神田を抱きしめてきた

「そうはいかねぇよ。　ちゃんと休め」

力を入れるラビの腕を払いのけようとしたが

ラビは熱があるとは思えないくらいに両腕に力を込めてきた

「おいっ！」

「離さないよ　ユウ・・・お願いさ　もう少しこうしていて・・・」

腕の力とは反対にラビは弱々しくつぶやく

神田は全身の力を抜き、両腕をラビの背中に回した

お互い想いは通じているのにもっともっと解かってもらいたい

こんなに近くに居るのにもっと近くに居たい。

もっともっと相手が欲しくなる

一時も離れて居たくない。

切なさに胸がつぶれそうになる

だから同じ時間を過ごせる時だけはずっと温もりを感じあっていたい・・・

ラビが寝付くまで傍に居ようと思った

そして眼が覚めたら自分からキスをしようと神田はラビの髪を撫でながら

瞳を閉じた

薬が効いたラビが寝付くまでそうそう時間はかからなかった

寝息を立て始めたラビに向かって神田は言葉に出して小さく囁いた

「愛してる・・・」

　　 <あとがき>

ちょっぴり前回より長編です。ちょっと古いですが

久保田利伸とナオミ・キャンベルの【LALALA LOVE SONG】を久し振りに聴いて

頭ン中、ラビュが回れ回れしちゃって書きたくなったのがこの作品です。

　お互い想いは通じてるのに切なくてどうしよもない２人の気持ちを

表現したくて書きました

日頃ずっと思っていたんですが、ラビって包容力あって

キスがとっても上手い感じがします

　そんなラビにキスされたら死んでも後悔ないよね

　だから、ラビのキスシーンはノベルでもイラストでも

無駄に力入れちゃいますし、大好きですv　

恋・・・・最近ご無沙汰ですが・・・

今はユウに恋ってるからよしとしときましょうか（笑）

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 2007/　7　　　るきと

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